講師に求められるスキル
はじめに
成人研修では、ティーチング手法を外的と内的を分ける必要がある。「外的」と「内的」概念は、このシリーズでは大変重要である。多くの職業研修講師は「外的」にスポットを当てられているのではなかろうか?
次の文章と一連のやり取りをご覧いただきたい
あるコースが終了し、その成果を評価する段になったとき、次のような意見が出された。
講師のN先生はプレゼンテーションに関してコース参加者から一番よい評価を受けた(コースには6人の講師がいた)。だが、数週間後、参加者が学んだことを理解・応用する能力についてチェックしたとき、コースの他の回と比べて出来が最も悪かったのはまさにN先生が教えた内容であったという。
このような不一致はどのようにして起こりうるのだろうか。
この質問を研修に関わる人々に投げかけると、通常、次のような答えが返ってくる。
- たしかに講師Nはおもしろい人で、よいプレゼンテーションをし、冗談を言う人だったが、彼の魅力やプレゼンテーションの方法は実は見せかけだった。
- 講師Nは自分の扱う主題について十分にわかっておらず、全体像を示すこともできなかったが、人目を引く手段によってその穴を埋めた。
- おそらく講師Nは興味を引く楽しそうな細部を強調し、本質的なことがらは明確に示さなかった。
- 講師Nは、本当は指導すべきところを楽しいグループワークやディカッションに当ててしまい、そこからは何も新しいことが1出てこなかった。
- おそらく講師Nは、説得力のあるやり方でプレゼンテーションをしたのだろう。しかし、特定の分野の言葉で話したため、参加者は彼をすばらしい専門家だと思いはしても、何を言っているのか本当のところは理解できなかったのではないか。
(エンゲストローム, 2010, pp. 10~11)※一部編集
研修は上手くいったように感じても、理解・応用度もそれに対応して高まるということは決してないのである。引用部分の1~5を要因1~5とする。
安易な研修後アンケート
研修後に実施されるアンケートのサンプルを下に挙げてみる。
研修受講後アンケート
質問1.今回の研修はいかがでしたか?
⑤大変有意義だった ④有意義だった ③わからない
②不満足 ①非常に不満足質問2.研修受講により理解は深まりましたか?
⑤大変深まった ④深まった ③わからない
②あまり深まらなかった ①深まらなかった質問3.配布資料の内容はいかがでしたか。
⑤大変良い ④良い ③わからない ②悪い ①非常に悪い質問4.講師の進行・説明はいかがでしたか。
⑤大変良い ④良い ③わからない ②悪い ①非常に悪い質問5.研修内容は今後の仕事に活かせると思いますか
⑤大いに活かせる思う ④いくらか活かせると思う ③わからない
②ほとんど活かせないと思う ①全く活かせない思う質問6.研修環境はいかがでしたか。
⑤大変良い ④良い ③わからない ②悪い ①非常に悪い質問7.研修時間はどうでしたか?
⑤長すぎる ④長い ③適度 ②短い ①短すぎる
このようなスタイルのアンケートは概ねどの研修でも使用される。受講者の反応を確認するためにも受講後のアンケート実施は必須である。しかし、講師はこのアンケート結果がよかったとしても、決して満足はしてはならない。もし、アンケート結果が講師に対する評価のすべてだと思ったら、どうしても研修スタイルは要因1、3、4を強化するようなものになる。このことは、受講者との関係をよいものとするためには効果があるが、よい学習を保障するとは限らない。
外的要因と内的要因
エンゲストロームはティーチング技法を「外的」要因と「内的」要因とに区別している。エンゲストロームによると「外的」とは
指導の最中に行われる直接目に見えることがら
(エンゲストローム,2010, p11)
と定義している。これは講義、グループワークなどの直接行動が観察可能な教授形式である。しかし、外的要因にとらわれると学習内容よりも受講者の表情や反応に対して過度に意識してしまい、見せかけのプレゼンテーションや人目を引く手段のみに頼ってしまうことになりかねない。そこで講師が外的要因に頼ってしまう要因として、
学習とは、受講者が主題事項を理解しようと努力する能動的で構成的な意味生成のプロセスである、という見方が計画・実行する人々に欠けているという事実である。(エンゲストローム,2010, p12)
と、エンゲストロームは喝破している。太字で書かれた「構成的な意味生成プロセス」について、エンゲストロームは概念を説明していないが、私はこの意味を、「受講者の所有している知識や過去の経験に主題事項を照らし合わせて、構造的な因果関係を理解することで主題事項の本質的な意味を理解する認知プロセス」というように解釈する。例えば、今まで分からなかったことやできなかったことが、主題事項が接着剤の役割を果たすことで分かるようになったり、できるようになったりすることである。そして、エンゲストロームは「内的」要因の重要性や目的を次のように指摘している。
指導の内的要因の理解や促進は、学習とは構成的で意識的な長期にわたる心的活動である。という考えに基づいている。受講者の頭の中で何が生じるかのほうが、受講者が外的にどう反応するかよりも重要である。指導の課題は、受講者の能動的な心的活動を駆動し、養い、方向づけることにある。(エンゲストローム,2010, p13)
内的要因を充実させるには
エンゲストロームが指摘するように内的要因が研修を実施する際に重要であるとするならば、講師はいかにして内的要因を高めていけばよいのだろうか?
エンゲストロームは次のように指摘している。
主題の教授事項は、教科書やテキストから取り出された単なる死んだ題材として見なしてはいけない。そうではなく、うわべは凍り付いているかにみえるテキストの奥底に見いだされる、原理、構造、そして複数の視点の間の議論として解釈しなければならない。教授方法は、単にやりとりの形式や技術的配列(講義、グループワーク、自学課題など)として考えてはいけない。そうではなく、指導の各段階での課題と目的は、複雑な学習サイクルの中の1ステップとして明確に位置づけられなければならない。
(エンゲストローム,2010, p12)
内的要因を高めるために講師がまず行わなければならないことは、教える事項の徹底した理解である。徹底した理解とは、ただ単にテキストや教科書に記載されている概念を字面だけを押さえるのではなく、概念が形成された背景や概念の下にある要素、そして要素間の相互関係を理解しておく必要がある。(下図は潜在意識と顕在意識の概念の比較で使われるメタファーである氷河の図を利用し概念と要素の関係を図示したものである。)
外的要因は必要か?
内的要因の重要性を指摘してきたが、それでは外的要因は必要でないのだろうか?答えは否である。当然、外的要因も重要であるが、あくまでも内的要因と比較すると二次的なものである。外的要因がまずければ(講師のプレゼンテーションスキルが低い、ワークのファシリテーションスキルが低い等)、内的要因をしっかりと考えて構成して研修に臨んでも学習の進歩は限られている。講師に求めれらるスキルの位置づけを図示すると下図のようになる。外側のプレゼンテーション・スキル、組織化スキル、対人関係スキル、テクノロジー・スキルが外的要因である。そして、内側の内容の習得、教授・学習の理論、講師の倫理が内的要因である。職業研修講師は内的要因スキルを中心として外的要因スキルも高めていかなればならない。